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神戸地方裁判所 昭和47年(行ク)9号 決定

申立人

甲野一郎

右法定代理人

甲野久一

外一名

右訴訟代理人

田中唯文

外二名

被申立人

兵庫県立龍野実業高等学校長

花房保

右訴訟代理人

俵正市

外一名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、申立人は、「被申立人が、昭和四七年九月二一日付で申立人に対してなした退学処分(以下本件処分という)の効力は、右処分に対する本案判決確定に至るまで、これを停止する。」との裁判を求め、被申立人は、主文同旨の裁判を求めた。

右申立の理由は、申立人提出の別紙懲戒処分の担行停止申立書及び同年一二月二五日付準備書面のとおりであり、被申立人の意見の要旨は、被申立人提出にかかる別紙意見書のとおりである。

二、当裁判所の判断

よつて審理するに、

(一)、公立高校における校長の退学処分は、それが社会観念上、いちじるしく妥当性を欠き、権利の濫用となるばあいを除いては原則として校長の権限にまかされている行為であると解するのが相当である。従つて、本件処分がいちじるしく妥当性を欠いているか否かは、本件処分の対象となつた申立人の行為の軽重のほかに、申立人本人の性格、及び平素の行状、右行為の他の生徒に与える影響、更には本件処分の、本人及び他の生徒に及ぼす訓戒的効果等の諸般の要素を勘案する必要があると解されるところ、本件全疎明によつて得られる諸事情をもつてしては、いまだ申立人に対する本件処分の取消しを求める本案の申立が理由がないとまで即断することはできない。

(二)、そこで次に、行政事件訴訟法二五条二項の要件の有無につき検討するに、同項にいう「回復困難な損害」とは、その行政処分によつて生ずべき損害が原状回復不能であるか、または金銭賠償不能であるとき、もしくは金銭の賠償をもつて補填をなすことは一応可能である場合においてもその損害の性質、態様にかんがみ、損害なかりし原状を回復させることは社会観念上容易でないと認められるばあいであつて、その行政処分の相手方にその損害を受認させることが社会通念上相当でないと認められるばあいをいうものと解すべきである。

これを本件についてみるに、申立人は、本件処分の執行を停止しないことにより本案判決まで学習、技能を修得できず、本案において勝訴しても卒業は遅れ、三、四年の年月を空費させてしまうことになる旨主張し、本件疎明によつても申立人が右のような不利益を被ることは容易に推認できるけれども、本案において本件処分が取消されれば、申立人は在学関係の回復が可能となるのであり、他に本案勝訴の確定判決を得たばあいに在学関係を回復することが申立人にとつて無意味となり、または困難になるような事由が存在することについては申立人の主張及び疎明がない。

また大学教育においては、その内容は学生の公の研究、教育施設等の利用であり、その効果も殆んど当該学生の自発的な研究、勉学への意欲にかかつているのと異なり、本件のような高校教育においては、半ば半強制的な授業への出席を基調としており、その効果も生徒と教師との人的信頼関係に依存するところが大きいのに、今やその信頼関係は失われているとみられ、また本件処分の対象となる申立人の行為の性質に鑑みれば、本件処分の執行を停止することにより、他の生徒に対し教育上好ましからざる結果を生ずることも考えられるから、本件処分により生ずる不利益を申立人に負担させたとしても社会通念上相当でないとまではいうことができない。

よつて、その余の判断をするまでもなく、本件申立は失当としてこれを却下すべく、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(下郡山信夫 角田進 牧弘二)

被申立人の意見書

〈前略〉

第二、本件退学処分およびその理由ならびに同処分に至つた経緯

一、申立人に対する退学処分(以下、本件退学処分という)は、昭和四七年九月二〇日その理由を明示してなされたものである。

本件退学処分の伝達は、昭和四七年九月二〇日兵庫県立龍野実業高等学校(以下、本件高等学校という)において被申立人たる同校校長花房保より申立人の父である親権者甲野久一に対してなされたが、申立人本人が被申立人の呼出しにも応ぜず出頭しなかつたので、被申立人において、念のため、同年九月二二日申立人本人、親権者父と母あてに、内容証明郵便にて本件退学処分の理由を明示した「通知書」と題する書面を送付し、同書面は同年同月二五日までに同人等に到達し了知し得る状態にあつたから、遅くも同日にはその効力を生じている。

二、右「通知書」の内容は左記のとおりである(疎乙第一号証)

兵庫県立龍野実業高等学校

土木科第三学年 甲野一郎

右の者 学校教育法第十一条 学校教育法施行規則第十三条及び本校において定める「生徒懲戒に関する内規」により、昭和四七年九月二十日付をもつて退学を命ず。

理由

一、入学以来、本校生徒としての本分に反する行為が多く、教師が指導すれば反抗し、暴言脅迫に及ぶことが度重なつてきた。

二、父兄に連絡し、指導しようとすれば、教師に対し脅迫暴言を吐き、数回にわたる家庭訪問、父兄召喚にもかかわらず成果が上がらなかつた。

三、第二学年において(昭和四十六年十月二十三日)級友と口論の末、その生徒を教室外に連れ出し、暴力を加え二日間の家庭謹慎処分をうけ、その際誓約書を提出している。

四、本年度(昭和四十七年六月一日)授業妨害及び教師に対する暴力行為を行なつた。

五、以上、本校生徒としての本分に反し、指導の限界をこえるものと認め昭和四十七年六月六日保護者同席の上「自主退学」を勧告「応じないときは退学を命ずる」旨申し渡した。

六、その後自主退学には応じなかつたが、本人の将来を考え「退学を命ずる」処置を保留し、他校へ転学するよう指導した結果昭和四十七年六月十四日本人が出校し、校長に転学の依頼を申し出た。

七、前項の申し出があつたにもかかわらず、昭和四十七年六月十六日以降ひきつづき登校し、学校側の説得も聞き入れず教室に入り授業をうけていることは、学校の命令規則に違反した行為である。

三、右「通知書」記載の各理由についての具体的事実は左記のとおりである。

1 右「通知書」理由一につき(疎乙第二号証の一)

(一) 第一学年時

(1) 一学期担任の矢代教諭から清掃をしないため注意されたところ、これに従うことなく、かえつて、「文句があるなら外で勝負したろうか!!」と同教諭に対し暴言を吐き、脅迫した。

(2) 六月、数学の吉岡教諭から教科書を持つていないことの理由を問われ指導された際、これに反抗し「教科書はなくした。本なんかいらん」と暴言し、学習意欲を全く示さなかつた。

(8) 矢代教諭の授業中、故意に教卓を蹴りとばし、指導されると「文句があるのか!」と暴言を吐き、反抗した。

(4) 内見教諭の測量実習の授業で、故意に正規の実習服を着用せず指導されると暴言を吐き、反抗した。

(5) 体育の教科をはじめどの教科も学習態度が悪く注意指導されるとことごとく反抗的態度を示していた。

(二) 第二学年時

(1) 級友(H)をパン、牛乳などを脅迫的に買つてこさせるなど使役し無抵抗な(H)を執拗にいじめたため、(H)は二日間登校できなかつた。

(2) 各授業時間中将棋をさしていて、各教諭から再三授業をうけるよう指導されたのに対し暴言を吐き、反抗した。

(3) 藤井教諭の製図の時間間違いを指摘され指導されると「ほつといてくれ!なぐつたろか!」など暴言を吐き、脅迫した。

(4) 各教科とも学習意欲なく特に製図レポートなど提出がおそく指導すると反抗した。

(5) 一学期、保健室前の常備消火ホースを引き出し校舎内に放水していたのを桑山教諭から注意指導された際、桑田教諭のネクタイを引つ張り四、五米にわたつて引きずりまわす等教師に対し、脅迫暴行に及んだ。

(6) 六月下旬、数学の出羽教諭の授業時間中、ムチ状の棒で課題学習中の級友の机をたたきまわつたため、再三注意された後ムチ状の棒を取りあげられると「なまいきだ!お前はきにくわん!」など同教諭に対し大声で暴言を吐き手首、襟首をつかむなど暴行をはたらいた。

さらに、課題終了した他生徒提出のプリントを破り散逸させ、はなはだしく授業を困乱させ防害した。

(7) 九月、内見教諭の捐保川堤防における三角測量実習の時間の際、級友(K)の自転車を堤防下へ突き落し破損させたため同教諭から謝罪するよう指導されたのに反抗しこれに従わなかつた。

(三) 第三学年時

(1) 内見教諭の授業中、口笛をふいたり奇声をあげたりして授業妨害したため注意指導されると、これを無視し教諭を馬鹿にしたような態度をとり、反抗した。

(2) 四月下旬、通路の稲垣教諭の授業中、ソフトボール用バットを持ち遅刻して教室に入つたため、注意指導されると「何だ新任のくせに文句があるのか!」と暴言を吐いたのみならずバットを二回三回挙げて稲垣教諭を威嚇し、脅迫した。

(3) 四月下旬、通路の稲垣教諭の授業中、級友(H)に後方からソフトボールを執拗にぶつけたことを同教諭から注意指導された際、同教諭に対し暴言を吐き反抗した。

(4) 授業中であるにもかかわらず、校内の釣をしてはならない池で魚を釣つていたことにつき永井教諭をはじめ二、三の教諭から指導されたが、これを無視し反抗的態度を示した。

2 右「通知書」理由二について(疎乙第二号証の一)

父兄に担任が連絡したりしようとするとその都度「なんで家に連絡するんや!連絡したら承知せんぞ!」と暴言を吐き、担任を脅迫した。

3 右「通知書」理由三について(疎乙第二号証の一、二)(疎乙第三号証の四)

昭和四十六年十月二十日(水)、矢代教諭の水理の授業前級友(U)とふざけていて口論となり、矢代教諭から注意指導されたにもかかわらず(U)を教室外に連れ出し暴行したため二日間の家庭謹慎処分を受けたうえ、父親ともども誓約書を提出させられている。

4 右「通知書」理由四について(疎乙第二号証の一ないし五)

昭和四十七年六月一日(木)第五校時(午後十二時五十五分から一時四十五分迄)授業開始のチャイムが鳴り、田渕教諭担当の体育授業の電気科三年A組三十八名が平常通り運動場に集合し、ソフトボール実技をしようとしたところ、同第五校時には職業適性検査を受けなければならないはずの土木科三年約十五名(申立人を含む)が、右体育授業のため準備されていた用具(パット六本、ボール二個)を使用して遊んでいたので、田渕教諭が授業妨害となるのですみやかに用具を返還し、職業適性検査をうけるように指導したのに対し、申立人以外の生徒は教室に入つたにもかかわらず申立人のみが「土木科三年はホームルームだからソフトをやつてもよい筈だ!授業のようなものはむこうでやれ!」と暴言を吐き、用具を返還するどころか自分の教室の方へ持ち去つた。そこで田渕教諭が、授業に必要だから返還するよう再三再四注意指導したが、これを無視し自分の教室の前を通つて本館玄関前の芝生に投げ捨てたので、同教諭が「子供みたいなことをするな!」と注意したところ、申立人は「グローブみたいなもの燃やしたろうか!蹴りあげたろうか!」などと大声で暴言を吐きながら田渕教諭の胸を四、五回手拳で叩き突きかかり暴行した。

さらに、田渕教諭が引き続き申立人に対し職業適性検査を受けるように指導しもし不審があれば主担任の鶴谷教諭のところにいつて確かめるよう指示したところ、申立人は、田渕教諭の襟首をつかんで暴行したのみならず申立人の暴言暴行等に驚いて仲裁に入つて来た生徒達が制止しているにもかかわらず、同教諭に対しなおも「グローブを燃やしたろうか!」等の暴言を吐き反抗した。因みに、田渕教諭は、申立人のクラスの副担任であるところから、右同日のショートホームルーム(午前八時二十五分から八時三十分まで)時間において主担任の鶴谷教諭にかわつて、同日の第五校時は職業適性検査を実施する旨全員に連絡済みであつた。また教室の黒板の変更記録の箇所のみならず教室の前の廊下の土木科授業変更板にもその旨明示されていたもので申立人において職業適性検査であることを知らないはずはない。〈後略〉

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